否認事件とは
起訴された犯罪について検察官の主張と弁護側で争いがある場合を否認事件といいます。
犯人でない,という無罪主張だけでなく,殺人未遂で起訴されて行為は間違いないものの殺意はなかったから傷害罪であると主張する場合もあります。
また,事実の争いだけではなくて,正当防衛や責任能力の有無という法的評価が争いになることもあります。
このような犯罪の全部又は一部の成立に争いがある場合を否認事件といいます。
これに対し,起訴された犯罪が成立することに争いがなく,主たる裁判のテーマが被告人に科される量刑である場合を量刑事件や自白事件と言ったりします(なお,量刑事件といっても事実に全く争いがないというわけではありません。例えば殺人事件で起訴された場合に,検察官は保険金目的であると主張し弁護側が単なる怨恨であると主張するようなケースです。殺人事件においては動機がなんであるかは刑期を左右する大きな事情であり,事実の争いが大きな意味を持つことも少なくありません)。
公判前整理手続とは
否認事件を公判で闘う場合には,公判前整理手続に付してもらうことが出発点として重要です。
公判前整理手続とは,公判が始まる前にどのような点が争点となるか,どのような証拠調べをするかを整理するための手続です。
重大事件を対象とする裁判員裁判対象事件では,必要的に公判前整理手続が行われることになりますが,裁判員裁判対象外の事件では,基本的に公判前整理手続に付すことを当事者から請求して,裁判所が決定することになります。
刑事訴訟法 316条の2 1項
裁判所は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため必要があると認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、第一回公判期日前に、決定で、事件の争点及び証拠を整理するための公判準備として、事件を公判前整理手続に付することができる。
公判前整理手続に付された場合とそうでない場合の違いは,大きく以下の3点です。
① 公判前整理手続で当事者双方は主張を明らかにする必要がある
② 原則として取調べて欲しい証拠は公判前整理手続で請求しなければならない
③ 検察官に対して証拠開示を求めることができ,証拠の一覧表も交付される
公判前整理手続に付すことの重要性
上記の①,②の主張や証拠を公判前整理手続で出し合うという点は,公判前整理手続の大きな特徴です。
そもそも公判前整理手続は,一般市民が裁判員として参加する裁判は集中的に行わなければならないことから,予め判断すべき事項(争点)とそのためにどのような証拠を調べるかを決めておく必要があることから,設けられた制度です。
そのため,
① 検察官が証明予定事実(立証使用とする事実)
② 検察官の証拠調べ請求
③ 弁護人の予定主張(法廷で予定している主張)
④ 弁護人の証拠調べ請求
が行われることになります。
そして,重要なことが,証拠調べ請求は,公判前整理手続終了後はやむを得ない事由がない限り出来ない,という点です。
折角整理して公判をはじめたのに,さらに証拠請求ができるとすれば,裁判をやり直さなければならない事態にもなりかねないからです。
公判前整理手続に付すべき大きな理由の1つが,この証拠制限なのです。
検察官が公判を見てから,補充捜査をしたり,新たな証拠を請求することを封じることができるのです(弁護側も同様です)。
証拠開示の重要性
さらに公判前整理手続に付すべきもう一つの理由が,証拠開示です。
犯罪が疑われた場合,警察,検察は,膨大な捜査員と税金を投入して,証拠を集めます。必要があれば強制的に押収することもできます。
これに対し弁護側は,強制力もマンパワーもなく,国選弁護などでは経済的資力もありません。
もちろん事件の中には,弁護人が苦労の既に証拠を探し出したり,作り出して無罪に繋がるという場合もありますが,多くは,捜査機関が収集した証拠の中に活路を見いだすのです。
しかしながら,検察官は、自らの主張を裏付ける証拠のみを裁判所に請求しますから,弁護側に必要な証拠は当然には手に入れることができず,証拠開示を求めていかなければなりません。
しかも,そもそもどのような証拠を集めたのかすら弁護側には分かりません。
そこで公判前整理手続に付されると,捜査機関が収集した証拠の一覧表というものを交付させることができ,証拠開示の手がかりになるのです。
また,公判前整理手続に付された事件では,類型証拠開示請求や主張関連証拠開示請求という制度が設けられており,検察官との間で証拠開示を巡って対立したときには,裁判所に証拠開示命令を出すよう請求することもできます。
このようなメリットから,否認事件においては公判前整理手続に付すことを求めることが充実した弁護活動のために必要なのです。